暇な生保レディのブログ

保険は担当がついてこそ

林真理子「我らがパラダイス」感想 老後の沙汰も金次第

私は子どもに「本を読む親の姿」を見せたかっただけなのに。どこかの誰かがTwitterでそういう姿勢だいじって言ってたから。そうだよね、スマホいじってる姿を見せることはたしかに良い影響を与える気がしないよ。そこで選んだ本が、林真理子氏の介護と格差を描いた小説「我らがパラダイス」だった。林真理子ならおもしろさは間違いないし、介護の勉強にもなるかなぁなんて思っていたのだが…介護の現実のあまりにもショッキングな内容に、読み終わってもう丸4日間もたつのに読後の疲労感から抜けられない。ちなみに子どもの隣で読んだ瞬間に子どもに襲われ表紙がベコベコになったので、結局子どもが寝ている時間に読んだ。本を読む親の姿を見て何かを感じてほしいなんて、一歳児に望んでいいことではなかった。ふつうにミッションインポッシブルだった。とにかくこのどうしようもなく胸に引っかかり続ける介護にまつわるモヤモヤを発散するために、読書感想文をブログに書こうと思う。このブログはスマホで書いているわけだが、結局子どもにスマホをいじる姿を見せることになっているわけで、まじ人生うまくいかない。


「我らがパラダイス」は2017年に出版されたものなので、読んだことのある人もいると思う。なのでまあまあ堂々とネタバレするので、そういうの許せない人はTwitterに戻ってください。あと介護を経験してない奴が介護を語るなという人もお願いします…。


登場人物は3人の親思いの優しい女性。人並みの幸せな生活を送っていたのに、親の認知症、寝たきり、がんによって介護問題を抱え、生活に困窮していく。

まずその中の一人、邦子の状況はこうだ。

邦子48歳。父を最期まで面倒みると宣言した兄嫁、そんな兄夫婦のために家土地の相続放棄をするも、82歳になった父の認知症が始まった途端兄嫁が出て行ってしまう。兄は介護や施設探しに全く協力的でなく、邦子が父を引き取り自分のマンションに住まわすも夫と娘の理解が得られず、義母からは嫁にきた身なら実家とは一線を引けと言われる。父をワンルームマンションに住まわせ、自分のパート代からその家賃とヘルパー代を払い、夜は自分も泊まって父の排泄の手伝いをする。

まずこの設定が現実味ありすぎてエグい。邦子の状況を読んでいるだけで胸のあたりが「ヴッ」となる。ここでこの作品のテーマとも言える邦子の名言を借りると、「介護は優しい者が負けるのだ」。全くその通りじゃないか…。誰に負けるとかじゃない。本人が「負け」と感じていることそのものがしんどいのである…


林真理子氏の他の作品に、親に結婚を許してもらえない40歳女性に対して、主人公が「(親から)逃げなさい。あなたは逃げなきゃいけないの」と説教する場面がある。

今作の登場人物の女性の1人、さつきは52歳で独身であり、自分を見る親や近所のおばさんの胸中について、かなり冷静に分析している。

「20代後半の頃はおろおろとして、さつきの縁談に心をくだいていた両親であったが、ある時からぴたっと言わなくなった。それは独身の娘が、自分たちの老後にとっていかに素晴らしいものか気づいたからに違いない」

同じく独身で54歳の朝子も、似たような思いを持っている。

「子どもの人生は、自分のめんどうをみるためにあると、本気で考えている親のなんと多いことか。きょうだいの中で"逃げ遅れて"、親の犠牲になるのは、たいてい独身の子どもである」

またしても「ヴッ」となる名言が連発される。もう読んでいるだけで息も絶え絶えである。

それでも彼女らは決して逃げない。邦子の兄や朝子の弟は逃げてしまったが。(作品中では言及されていないが、親の立場では男の子どもより女の子どもに自分の世話を期待している人は多そうだ)

彼女らの親は、自分の子どもに申し訳ないと言いながら、デイサービスやオムツを拒否し、子どもの負担を増やす。

「娘として、たった一人の子どもとして両親を幸せに逝かせるのだ。そのために神さまは、自分を独身でいさせたのだから」

「どれほどめんどうをかけられ、疲れ果てた生活が続いても、親を見捨てることは出来ない。腹立たしさや空しさの奥に、哀しくいとおしい感情がある」

こう自分に言い聞かせる彼女らは、逃げるという発想を持つどころか、親のことを心から思って尽くしている。私も自分の親のことを考えると、彼女らがこのように思うのは当然だろうと思う。が、親子の情とも言えるが、もはや呪いとも言える。そう感じるのは、私がまだ介護の外野にいるからだろうか…


彼女ら3人は、広尾にある介護付き高級マンション「セブンスター・タウン」で働いているという共通点がある。この施設の入居一時金は、なんと8,600万円。

介護の格差について、この作品では随所に描かれている。その表現のひとつひとつが、なんというか殺傷能力が高い。

「セブンスター・タウンに従事する介護士はゆとりを持って配置されている。訓練は厳しいが、みんな親切で愛想が良い。それはもちろん、とてもいい給与をもらっているからだ」

「朝子が勤めていた公立病院の老人病棟では、待遇面の悪さから介護士が月単位で辞めていった。次にやってくるのは、行き場のなくなった初老の男たちが最後の手段として老人介護の仕事につく。しかしプロ意識がないために、彼らもすぐ退職してしまう。だから多くの施設の寝たきりの老人たちは、いつも慣れない者の手による介護で、いらいらさせられているのである」

こんなの読んで精神が無事な人いますか!?


介護の格差を日々目の当たりにしている3人は、親の介護からは逃げなかったが、施設選びからは逃げた。邦子がさつきと共謀し、空いている部屋にこっそり父を泊めたのだ。いや、それはアカン…けど上手くいってくれ…という思いで読んでいたが、やはりバレてしまう。

セブンスター・タウンの経営母体のひとつの都市銀行から出向してきたGMの福田は、融通が効かない嫌われ者と紹介されている。所業がバレた後の邦子とさつきと彼のやりとりは、作品の中ではまだ半分にも満たないところではあるが、私はここがクライマックスだと思っている。クライといっても流すのは血涙だが。少し長くなるが、かいつまんでここに載せておきたい。


福田「セブンスター・タウンは出来たときから週刊誌にいろいろ書かれた。貧乏人のやっかみだよ。格差ここに極まれり、とか書かれちゃってさ。あったり前だろ、って私は言いたいよね。努力して頑張って、一生懸命働いてきた人たちが、快適な老後を送りたいってあたり前の話でしょう。格差、当然でしょう。何も考えずに、だらーっとやってきた連中が、いざ年とってきました。困ってます。何とかしてください。格差反対。なんていうのはさ、ものすごく図々しい」

邦子「だらーっとやってきた連中っておっしゃいましたけど、私の父は本当に頑張って働いてきましたよ。ただ、運とか、時代のめぐり合わせが悪かったんです。父のせいだけじゃない」

さつき「うちのお父さんだって、本当に働いてたよ。たださ、病気になったから蓄えは全部なくなっちゃって」

福田「だから、そんなことは予想できた、って言ってるんだよ。君たちの父親は、年をとったり、病気になった時の計画をちゃんとたてておかなかった。それがいけなかったんだよ」

邦子「うちだって計画をたてていましたよ。年金が入ってこうしよう、ああしようって。だけど母が亡くなって自分はボケちゃいました。老いっていうのに計画を立てても無駄なんです」

福田「そもそも日本の保険制度っていうのは間違っている。お金持っている人も、生活保護を受けている連中も、等しく同じ治療なんて誰が考えたっておかしい。介護だって同じだよ。努力した人にも、努力しなかった人にも、等しく同じようなものが与えられる。そんな社会じゃ頑張った人は嫌気がさすよね」

邦子「うちの父は一部上場の企業で部長までいきました。もし私たち子どもがいなかったら、きっとこの施設に入れたと思うんです。そういう人間がいるってこともわかってください」

福田「だったらつくらなきゃよかったんだよ。ここの入居者さんの中には、お子さんいない人何人もいらっしゃるよ。欲しくても出来なかった人がほとんどだけど、あえてつくらなかった人も、結婚しなかった人も結構いる。みなさん、ちゃんと自分の将来を見据えて計画を立ててここにいらっしゃったんだ。子どもを育てたからなんてことは、何の言い訳にもならない」

邦子「まるでうちの父が悪いようじゃないですか…」

福田「悪いも何も、子どもにこういうことやらせる親って情けないと思うね。年とるのも、ボケるのも、みんな予想されてたことじゃないか。それで子どもをこんなふうに追いつめる。今さ、日本の年寄りがみんな困ってるのは、自業自得だと思うよ」


皆さん生きてますか?私は人の子として、人の親として、福田の言葉全てが脳と心に突き刺さって、辺り一面血の海です。血涙も出てるし。

福田はかなりの自己責任論者だとは思うけれど、決して間違ったことは言っていないとも思うから余計に苦しい。将来、もし私が親の介護をするときがきたら、もし私が自分の子どもに介護をしてもらうことがあったら、福田の「子どもにこういうことやらせる親って情けないと思うね」という言葉を思い出してしまう気がする。全ての人間が努力できる環境にいるわけではないが、福田は「努力すれば将来の問題を解決できる環境にいた人間」がそれを怠ったことを、ストレートに非難しているのだ。

福田の言葉は残酷で、介護に悩む人の大半を敵にまわすだろうが、「あなたたちは逃げてしまえばいい。親は自業自得なのだから」と受け取ることもできる。そう考えると、親子の呪いを解く言葉だったのか…?

しかしそう簡単にじゃあサヨナラ、とならないのが親子というものなんだと思う。このあと、邦子とさつきと朝子はもっと大胆なことをやらかす。それでも後半は苦しいだけでない、笑って泣ける介護小説になっているので、続きはぜひ書店で購入して読んでみてほしい。上野千鶴子氏の解説もあり、「自分の親を入れても良いと思う施設か、自分が将来入居しても良いと思う施設か」「ボケて意識がない老人に高級施設は不要か」「遺体は介護の通信簿」等々、これまた鉄球を豪速球で投げてくる嬉しいオマケ付き。時期は未定だが映画化もするらしい。あっ、こういうときにAmazonアフィリエイトリンク貼るのかー。


できるだけ子どもにスマホをいじる姿を見せないために、これまた子どもが寝てから書いていたので、書き切るのに時間がかかってしまった。おかげで苦しい時間が長く続いたな…

この感想文を書くことで、介護はこうするべきだ!対策はこうするべきだ!格差はひどい!みたいなことを言いたいわけではなく、ただこの辛さに誰かを巻き添えたかっただけなの。メンゴメンゴ。

ちなみに私は、自分が介護になったら自宅ではなく絶対施設で、それも猫といっしょに入れる施設で過ごすのが今のところの目標です。お金貯めないとね…